東京地方裁判所 昭和60年(ワ)1527号 判決 1990年7月20日
原告 大日本印刷株式会社
右代表者代表取締役 北島義俊
右訴訟代理人弁護士 相馬功
同 鈴木繁夫
被告 竹林商事株式会社
右訴訟代理人弁護士 吉元徹也
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、別紙目録(一)表示の木目化粧紙を製造し、販売し、又は頒布してはならない。
2 被告は、原告に対し、一四五四万三二〇〇円及びこれに対する昭和六二年七月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
4 右1及び2について仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、製版・印刷・製本等を業とする、わが国における木目化粧紙の最大手の株式会社である。被告は、家具資材の販売を業とする株式会社である。
2 原告は、昭和五八年一一月ころ、原告の業務に従事するデザイナー藤居正康(以下「藤居」という。)を中心とする原告の従業員によって、別紙目録(二)表示の原画(以下「本件原画」という。)を作成し、昭和五九年一月から、これを原版として着色・印刷した別紙目録(三)表示の木目化粧紙(以下「原告製品」という。)に「ノッテイー・ブロック・サイプレス」という商品名を付し、これを家具用化粧板として販売している。
3 本件原画は、次のとおり、著作物性を有する。
(一) 本件原画の製作過程は、次のとおりである。
(1) 企画意図
本件原画は、若い女性の使うカジュアル志向の家具に使われる木目化粧紙の原画として、木の情感を表現するよう製作された。
(2) イメージスケッチ
まず、デザイナーが、手書きによるイメージスケッチをし、イメージを定着させる。
(3) 木目原稿の使用
木目原稿とは、後記モンタージュのための被写体となる木目を有している木材をいう。右のイメージスケッチのみでも、木目が表現されてはいるが、イメージの具体化は、不十分である。そこで、イメージスケッチを指標として全国の美林から収集された数多くの美しい木材見本の中から、木目原稿として使用されるべき木材を選定し、これに修正加工を加え、木目原稿を製作する。本件原画においては、特に、次の点が留意されている。
ア 節のある桧集成材を使用したが、一般的な桧材に比べて、幅を少々太く、縦を長くしてある集成材を入手し、木目原稿とした。
イ 木目原稿に対し、節をデザイン上バランスよく構成するため、着色等の加減により、実物より弱めの印象を与えるように修正を加えた。
ウ 天然桧材のピンク味を強調するため、木目原稿の全体的色調に修正を加えた。
(4) 撮影による固定
右によって修正加工された木目原稿を写真撮影するが、木目は、光源の種類、光の当たり方等により、微妙に表情を変えて見える。そこで、この撮影技術によって、ねらい通りのイメージに合った木目の表情を固定した。
(5) モンタージュ構成
モンタージュとは、数枚の写真の断片を組み合わせて一枚の写真にまとめたものをいうが、本件原画においては、撮影された右木目原稿の写真を張り合わせ、これによって写実的効果を持つものに完成する。
(二) 右(一)のようにして製作された本件原画は、別紙目録(二)の表示自体から明らかなとおり、木目の流線の繰返しにアクセントを付けるものとして木の節目を配置し、更に、寄木風に木目を組むことによって天然の木目を幾何学化しているといった特徴を有する節目入り寄木細工風の桧柄模様を有している。また、本件原画は、実用面からの要請として、木目模様の天地が連続するように、本件原画の木目のモチーフのパターンを調整することにより、切れ目なく続いて行くことを予感させる木目模様の製作に成功したものである。このような本件原画は、天然の木目が日本人に想起させる自然の香り、自然の息吹きを、工業的技術を使用して表現しているものである。そして、本件原画によって作られる木目化粧紙は、家具の表面に使用された場合には、日本人の心性に強く訴える木の文化の一環として、大衆の生活に潤いを与えるのである。なお、この木目化粧紙は、本件原画に基づいて原版を作成し、更に、色を選択して印刷することによって製作されるが、これは、本件原画の複製過程に含まれるものである。したがって、その際の配色は、本来の木目の色調のほかに多様な組合せが可能であり、一種類には、限定されないため、本件原画自体には彩色されない。以上のとおり、本件原画は、「木の情感」を表現しているものであるから、思想又は感情を表現したものといえるのである。
(三) 本件原画は、木目化粧紙という量産品の模様として利用するために製作されたいわゆる応用美術である。このような応用美術であっても、主観的な製作目的を除外して客観的、外形的に見て、美の表現において実用目的のための実質的制約を受けることなく、専ら美の表現を追及して製作されたものと認められ、絵画、彫刻等の純粋美術と同視することができるものについては、美術の著作物として著作権法上の保護を受けるものと解される。そして、本件原画は、用途や材質による制約もなく、デザイナーによって、木目の本来有する自然の情感を表現することを目標に美的均衡が取れた木目が展開されるように製作されたものであるから、専ら美の表現を追及して製作されたものである。
4 被告は、昭和五九年一一月中旬ころから、原告製品をそのまま写真撮影し、製版印刷して別紙目録(一)表示の木目化粧紙(以下「被告製品」という。)を製作し、これに「カジュアルウッド」という商品名を付して販売している。
5 被告の右4の行為は、原告の本件原画に対して有する複製権を侵害するものである。
6 仮に被告の右4の行為が原告の著作権を侵害しないものであるとしても、被告の右行為は、次のとおり、原告の、原告製品の印刷原版に対して有する所有権に基づく排他的利用権を侵害するものである。
(一) 原告は、本件原画に基づき、別紙目録(三)記載の木目化粧紙を印刷するための原版(以下「本件原版」という。)を作成し、その所有権を取得した。
(二) 本件原版の所有権は、本件原版の排他的な使用権を内包するものである。すなわち、印刷原版は、複製手段を実体化したものであり、通常の有体物とは異なり、無体物的な側面を切り離せない特殊な有体物である。このような性質を持つ印刷原版の所有権は、有体物に対する直接的排他的支配権能に限らず、間接的排他的支配権能を含むものと解すべきである。
(三) 印刷原版を盗取、毀損するなど、所有権の直接的支配権能を侵害した場合に所有権侵害となることは明らかである。そして、所有権者の直接支配している印刷原版を使用することなく、これによって印刷された印刷物から、第三者が無権限に原版を作成して当該印刷物のいわゆる海賊版を印刷する行為は、印刷原版の所有権に含まれる間接的支配権能を侵害するものである。したがって、被告の前記の4の行為は、本件原版の所有権を侵害するものである。
7 被告が原告の著作権又は所有権を侵害した前記4の行為は、被告の故意に基づくものである。
8 被告による右著作権又は所有権侵害行為によって原告が被った損害は、次のとおりである。
被告は、昭和五九年一二月から同六二年三月までの間、被告製品を販売したものであるところ、一か月当たりの売上げ推定額は三七一万円であるから、右の間の売上げ推定額は、一億〇三八八万円である。そして、右の額の一〇パーセントが著作物である本件原画の使用料相当額あるいは原告の得べかりし利益と解すべきであるが、被告の侵害の態様に鑑みると、その一・四倍である一四五四万三二〇〇円が原告の被った損害と解すべきである。
9 よって、原告は、被告に対し、主位的に、著作権侵害に基づき、被告製品の製造、販売及び頒布の差止め並びに損害賠償として一四五四万三二〇〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和六二年七月九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、予備的に、本件原版の所有権侵害に基づく損害賠償として右と同一の損害金及び遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否
請求の原因1は認め、同2のうち、原告が原告製品を販売している事実は認めるが、その余の事実は知らない。同3の事実は否認する。同4のうち、被告が被告製品を製作し、これに原告主張の商品名を付して販売している事実は認めるが、その余の事実は否認する。同5ないし7は否認する。
三 被告の主張
1 本件原画は、著作物性を有しない。すなわち、本件原画は、単なる図案であって、思想又は感情を創作的に表現したものとはいえない。また、本件原画は、産業用に大量生産することを予定した原紙に模様として印刷することを目的として製作されたものであり、「美術の著作物」にも「美術工芸品」にも該当せず、着物やネクタイの図柄と同じようなものであって、著作権法上の保護を受けない。原告は、本件原画が彩色されていない点について、本来の木目の色調のほかに多様な組合せが可能であり、一種類には限定されないためであると主張しているが、このことは、とりも直さず本件原画が、実用目的のために作られたものであって、客観的に見て鑑賞の対象となるべき絵画とは同視することができないものであることを示している。また、原告は、本件原画は、実用面からの要請として、木目模様の天地が連続するように、本件原画の木目のモチーフのパターンを調整することにより、切れ目なく続いて行くことを予感させる木目模様の製作に成功したものであると主張するが、このことは、本件原画が、量産品として、産業上利用するためのものであって、客観的、外形的に見て、美の表現において実用目的のため実質的な制約を受けていることを意味している。このように、本件原画は、客観的に見て、鑑賞の対象となるべき絵画、彫刻などのいわゆる純粋美術と同視することができるようなものではないから、著作物性を有しない。
2 原告は、予備的に、被告の行為は、原告の本件原版に対して有する所有権に基づく排他的支配権能を侵害するものである旨主張するが、原版に対する所有権は、その有体物の面に対する排他的支配権能であるにとどまるものであるところ、被告の行為は、有体物の面に対する支配権能を侵害するものではないから、原告の右主張は、理由がない。若しも、原告の右主張が認められるとするならば、著作権のないものに著作権を認める結果を招来することになってしまうのである。
第三証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因1及び同2のうち原告が原告製品を販売している事実は、当事者間に争いがなく、また、請求の原因2のその余の事実は、<証拠>によりこれを認めることができる。
二 まず、本件原画の著作物性について判断する。
1 <証拠>並びに別紙目録(二)表示の本件原画及び同目録(三)表示の原告製品によれば、次の事実が認められる。
(一) 化粧紙とは、一般に、木目や抽象模様等のデザインを紙やフイルム等の上に印刷し、家具や建材等の表面に貼付加工するシートのことをいい、本件原画は、このような化粧紙として印刷されるものの基となる原画として製作されたものである。
(二) 本件原画の製作過程は、次のとおりである。
(1) 原告の従業員である藤居は、本件原画作成の担当デザイナーとして、同じく原告の従業員である他のデザイナー等から、意見、提案を聞いたうえ、完成品である化粧紙の柄の用途、使用法、その他の条件をチェックし、関連データ、情報の分析を行い、併せて柄製作の全体的プランを練る。そして、本件原画は、若い女性が使うカジュアル志向の家具の木目化粧紙の原画として、木の情感を表現するよう製作するという企画を立てた。
(2) 藤居は、右(1) の企画意図に沿う具体的な企画柄をイメージし、手書きによって、ほぼ原寸大のラフスケッチ(イメージスケッチ)を製作する。
(3) 藤居及び関係従業員は、右(2) のイメージスケッチのほか、関連企画デザイン、既存柄等を合せ検討し、デザインイメージの絞込みを行う。そして、木目原稿の指示を書き入れたイメージスケッチを作る。
(4) 藤居は、右(3) のイメージスケッチに近く、右(1) の企画意図に適合した木目原稿(木目を有している木材)の入手、選定を行い、節のある桧集成材を選定したうえ、これを調整して、各板の並び、バランス、木目の形等を右(2) のイメージスケッチに基づいて大まかに構成する。そして、この構成された木材に、直接、鉛筆その他の特殊な道具によって修正を施し、材の欠点や不要な節などを削除したり、板目の幅、長さなどの調整を行い、デザインイメージに近いものにする。
(5) 藤居及び塗装担当の原告の従業員は、木質感を強調し、より自然な感じを出すために特殊な塗装を行う。また、木目柄に強弱のトーンを付けたり、色調の変化を出したりするために部分的に着色あるいは脱色の塗装を行う。
(6) 右(5) によって製作された木目原稿を写真撮影し、これを原寸大に焼き付けた印画紙によってモンタージュ構成し、細部を整える。併せて柄の天地をモンタージュで連続させ、エンドレス印刷が可能な状態にする。この印画紙のモンタージュデザインに合わせてフイルムを構成する。この段階で、レタッチャー(撮影フイルム上に、筆、刃などで細かな修正等を施す専門スタッフ)により、細部の修正、作画が行われ、全体の調子の強弱、部分的アクセント等の補筆がされ、原版フイルムができ、このフイルムを白黒で焼き付ける。これが本件原画である。
(三) 本件原画に表されている模様は、木目を寄木風に組んで天然の木目を幾何学化しているものであり、ところどころに木の節目が配置されているが、その模様は、天然の木の木目をそのまま写したものではなく、天然のそれのパターンをモンタージュ構成して作り出されたものである。そしてまた、本件原画は、実用面からの要請により、後に着色等がされて製品となる木目化粧紙の天地の模様が切れ目なく連続するよう模様の工夫がされており、更に、木目化粧紙の色調を多様なものにすることができるよう彩色されないものとされている。
(四) 本件原画に基づいて印刷用の原版が作成され、企画意図に沿った配色が決められ、印刷されたものが原告製品となる。
(五) 原告は、原告製品のほか、数多くの木目化粧紙を製造販売しているが、これらは、いずれも原告製品とほぼ同様の手順で製造されている。
2 右認定の事実によれば、本件原画は、藤居を中心とした原告の従業員によって、その企画意図に基づき、それに沿ったイメージを木目模様を通じて感得しうるよう創作されたものであって、思想又は感情を創作的に表現したものということができる。しかしながら、右認定の事実によれば、本件原画は、家具の表面に貼付加工される量産品である木目化粧紙の模様の原画として製作されたものであり、それ故にまた、実用面からの要請により、それ自体において、後に着色等がされて製品となる木目化粧紙の天地の模様が切れ目なく連続するよう模様の工夫がされており、更に、最終製品である木目化粧紙の色調を多様なものにすることができるよう彩色されないものとされているのであり、そして、本件原画に基づいて印刷用の原版が作成され、配色が決められ、印刷されて原告製品となり、これが市場に販売されているというのである。そこで、右事実に基づいて考察するに、本件原画は、産業用に量産される実用品の模様であって、専ら観賞の対象として美を表現しようとするいわゆる純粋美術ではなく、産業用に利用されるものとして製作され、現にそのように利用されているというのであるから、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属しないものといわざるをえない。そうすると、本件原画は、著作物性を有しないものというべきである。この点に関して、原告は、本件原画は、応用美術ではあっても、専ら美の表現を追及して製作されたものであって、純粋美術と同視することができるものである旨主張するところ、右認定判断によれば、本件原画が美の表現を追及して製作されたものであることは、否定しえないところであるとしても、専ら美の表現を追及して製作されたものではなく、産業用に利用されるものとして製作され、現にそのように利用されているというのであるから、これをもって純粋美術と同視することはできないものというべきであり、したがって、原告の右主張は、採用することができない。
3 以上によれば、原告の本件原画の著作権に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。
三 原告は、予備的に、請求の原因4の被告の行為は、原告が有している本件原版の所有権を侵害するものであると主張するので、審案するに、有体物である本件原版に対する所有権は、その有体物の面に対する排他的な支配権能にとどまるものと解すべきであって、その支配権能をおかすことなく、本件原版上に表現されている模様といった無体物の面を利用したとしても、その行為は、本件原版の所有権を侵害するものではないというべきところ、原告主張の請求の原因4の被告の行為は、本件原版の有体物の面に対する排他的な支配権能をおかすものではないから、原告の本件原版に対して有する所有権を侵害するものではないというべきである。この点に関して、原告は、被告の行為は、原告の本件原版に対する間接的排他的支配権能をおかすものであって、原告の本件原版に対して有する所有権を侵害するものである旨主張するが、被告の行為が原告の本件原版に対して有する所有権を侵害するものでないことは、右認定判断のとおりであって、原告の右主張は、独自の見解であるというほかはなく、採用の限りでない。
そうすると、原告の本件原版の所有権に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。
四 よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 若林辰繁 裁判官 房村精一は、転官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 清永利亮)
別紙<省略>